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勘三郎丈へ。 [舞台]

中村勘三郎丈が本日未明にお亡くなりになりました。
ここ数年、突発性難聴に食道がん、そして肺炎と次々に病に襲われていた勘三郎丈。でも突発性難聴は克服し、昨年の平成中村座公演では元気な姿を見せてくれました。今年の食道がんの手術の後、7月の松本市での平成中村座の千穐楽に登場されたのが最後の舞台となったそうです。

先月、食道がんだけでなく肺炎になり深刻な状態だという記事が出て、もしかしたら・・・という恐ろしい気持ちになりましたが、かつて生死の境をさまよった仁左衛門丈が今もお元気に舞台に立ち続けられている姿を思い出し、勘三郎丈だもの、大丈夫。あと半年もしたらきっと「ご心配おかけしましたが、復帰します」とにこやかに何もなかったように舞台に戻ってきてくれるのだと信じていました。

去年11月の平成中村座での「お祭り」

「待ってました!」との大向こうに「待っていたとはありがてえ」との台詞を返すその姿に、「おかえりなさい」と心の中で伝えたのです。あんなふうに、また来年には「お祭り」が舞台にかかると思っていたのに。

華やかで愛嬌のある勘三郎丈。そして平成中村座やコクーン歌舞伎、野田秀樹や宮藤官九郎の起用、といったチャレンジングな姿勢にいつも驚かされてきました。

でも、記憶に残る舞台は?と考えるとやっぱり「鏡獅子」や「籠釣瓶」といった伝統的な歌舞伎の演目が思い浮かびます。特に、「鏡獅子」はいろんな女形の役者さんが踊る演目ですが、わたしは一番、勘三郎丈の弥生が好きでした。少女の恥じらいと、あらぶる獅子の精。それを1時間の間に演じ分けるその姿は忘れられません。

今はただ、勘三郎丈のことを思うことしかできません。

今月は南座で勘九郎丈の襲名披露が行われています。勘九郎丈と七之助丈は今日も舞台に立ち続けています。
「親の死に目に会えないのがいい役者だ」と勘三郎丈が父・十七代目勘三郎丈から常々言われていたそうですが、勘九郎丈と七之助丈もこれからますますいい役者になっていくことでしょう。ふたりを応援していくことが、早すぎた勘三郎丈の不在を埋めるためにわたしたち歌舞伎ファンがやれることですね・・・。

わたし自身はいつになったら歌舞伎の舞台を観ることができるようになるかわからない身で、もしかしたらもう一生生の舞台を観ることはできないかもしれません。そうすると、最後の観劇が去年11月の平成中村座だったということになります。約20年の観劇生活を締めくくるにふさわしい舞台だったと今でも思います。

まだまだショックが大きくてかなりとりとめのない記事となってしまいました。
心より、勘三郎丈のご冥福をお祈り申します。




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